〜BIS報告と国際規制動向の分析〜 報告日:2025年7月
1. はじめに:新たな通貨モデルの台頭
2025年現在、ステーブルコイン市場は約2,550億ドル(約37兆円)に達し、暗号資産の中でも中核的な存在へと進化している。特にUSDTおよびUSDCといった米ドル連動型トークンが9割以上を占める構造となっており、金融市場と経済主権の双方に深い影響を及ぼし始めている。
この状況に対し、国際決済銀行(BIS)は2025年7月、明確な警告を発した。それは、ステーブルコインが単なる金融商品ではなく、「制度外通貨(extra-sovereign money)」として振る舞い始めているという現実である。
2. BISの分析:ステーブルコインは“完全な通貨”ではない
BISは今回の報告書において、ステーブルコインが以下の3つの「通貨の基本要件」を欠いていると指摘した。
通貨の要件 | ステーブルコインの問題点 |
---|---|
Singleness(均一性) | 発行元の信用力に依存し、トークンごとに価値のばらつきがある。 |
Elasticity(弾力性) | 中央銀行のように需要変動に応じた供給調整ができない。 |
Integrity(完全性) | 預金保護制度やAML(資金洗浄防止)対応が不十分。 |
この結果、BISは「ステーブルコインはデジタル現金ではなく、信用不十分な“疑似通貨”」にすぎないと評価している。
3. 主権と金融政策への脅威
ステーブルコインが各国の通貨主権に与える影響は深刻である。
- ドル化の進行
途上国を中心に、自国通貨よりもドル連動ステーブルコインの方が信頼される状況が進行し、事実上の通貨主権喪失が発生している。 - 金融政策の無効化
自国通貨を通じた金利政策や信用調整が効かなくなり、中央銀行の役割が形骸化するリスクが高まる。 - 財政市場への影響
ステーブルコイン発行体は準備資産として米国債を大量に保有しており、短期市場に不安定性をもたらす可能性がある(例:わずか数億ドルで利回りが5bp動くとの指摘も)。
4. 各国の対応:規制の本格化と国際協調
BISの調査では、約70%の国・地域がステーブルコイン規制を整備中または導入済。主な国の対応は以下のとおりである。
🇺🇸 米国:GENIUS法案の可決
- 100%準備金義務
- AML/KYCの義務化
- 発行者の免許制と報告義務
- 利子付与の制限(銀行ライセンス無しでは不可)
この法案は、ステーブルコインを金融商品として明確に位置づけ、銀行類似の規制を課すものであり、米国における初の本格的な枠組みとなる。
🇪🇺 EU:MiCA規制
- 暗号資産発行の包括的なライセンス制
- 準備資産の流動性・安全性を義務付け
- 利用者保護と破綻時対応フレームも明記
🇬🇧 英国:中央銀行優位の原則を堅持
- 民間発行のステーブルコインには警戒的
- 中銀デジタル通貨(CBDC)を中心に制度設計
5. BISのビジョン:CBDCと“統合台帳”の提案
BISは、既存のステーブルコインを否定する一方で、より安全で統制された“トークン化マネー”インフラの構築を提案している。
- ユニファイド・レジャー構想
中央銀行・商業銀行・政府債務・金融資産が共通台帳で管理されるネットワーク。即時決済と透明性が両立する次世代型金融基盤。 - プロジェクト・アゴラ(Agora)
欧州・アジア・米州の複数中央銀行が連携し、実証実験を展開中。CBDCがもつ公共性と技術革新の融合を目指す。
6. 結論と提言:国家戦略としての通貨制度改革を
ステーブルコインは、単なる金融テクノロジーではなく、主権・制度・通貨観に根源的な問いを突きつけている存在である。
各国は、以下のような戦略的対応が求められる。
- 短期:規制強化と透明性の確保
- 発行体に対する資本要件・報告義務・AML規制の義務化
- 投資家保護と破綻リスクの明示
- 中期:CBDCとの補完・統合的展開
- ステーブルコインとCBDCの住み分けと連携可能性の模索
- 公私協調によるトークンエコシステムの形成
- 長期:主権通貨制度の再設計
- ユニファイド・レジャーなど共通台帳型マネーインフラの設計と国際協調
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